金閣寺の「夕佳亭」
きんかくじのせっかてい

金閣寺の北東の高台に位置する夕佳亭(せっかてい)は、わずか三畳の空間ながら、洗練された美しさを備えた茶室です。江戸時代、後水尾上皇をお迎えするために、鳳林承章(ほうりん じょうしょう)が茶人・金森宗和(かなもり そうわ)に命じて建てさせたもので、数寄屋造りの特徴が随所に見られます。
名称は、夕日に照り映える金閣の姿がとりわけ「佳(よ)い」ことに由来すると伝えられています。現在の建物は1874年(明治7年)に再建されたもので、優雅な歴史の趣を今に伝えています。
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夕佳亭内部
せっかていないぶ
玄関は土間づくりとなっており、頭上には天井板を設けず、構造をそのまま見せる化粧屋根裏が広がります。左手には竈(かまど)が据えられています。正面には三畳の茶席が設けられ、右手には上段の間が張り出すように配置されています。その一角には、二畳の茶席「鳳棲楼(ほうせいろう)」がしつらえられ、洗練された空間構成を感じさせます。

夕佳亭平面図
せっかていへいめんず
こちらには、夕佳亭の平面図を示しています。建物の構成や各空間の位置関係が一目でわかり、茶室の巧みな造りをより深く理解することができます。

竈
かまど
瓦を練り込んで作られた竈です。

「即休」の額
そっきゅうのがく
「即休(そっきゅう)」と記された額が掲げられています。

南天床柱
なんてんとこばしら
床柱には、南天の曲木が用いられています。これほどの大きさを持つ南天材は大変珍しいといわれ、建築としても見どころのひとつです。もともとは鉄刀木(たがやさん)が使われていました。

萩の違棚と鶯宿梅
はぎのちがいだなとおうしゅくばい
萩の木の根元側と枝先側の材を交互に組み合わせ、その中央に「鶯宿梅(おうしゅくばい)」を据えています。自然素材の特徴を巧みに生かした、趣深い意匠です。

貴人榻
きじんとう
夕佳亭の前には、身分の高い人物が腰掛けるための「腰掛石」が据えられています。もとは室町幕府にあったものが移されたと伝えられています。

富士形手水鉢
ふじがたちょうずばち
夕佳亭の前には、室町幕府第八代将軍・足利義政(あしかが よしまさ)ゆかりの手水鉢が安置されています。将軍の遺愛と伝えられる品です。
金閣寺の「夕佳亭」の歴史年表
| 1596-1615年 (慶長年間) | 金森宗和が夕佳亭を建立。 |
|---|---|
| 1868年 (明治元年) | 焼失する。 |
| 1874年 (明治7年) | 再建される。 |
| 1997年 (平成9年) | 解体修理が行われた。 |
| 2024年 (令和6年) | 修復工事が行われた。 |
参考
金閣寺公式ウェブサイト、夕佳亭駒札(立札)、日本発見 No.31 茶室の美
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