歯形地蔵(逆さ川地蔵)
はがたじぞう(さかさがわじぞう)
歯形地蔵は、かつて鞍馬口通り沿いを流れていた「逆さ川」にちなんで、「逆さ川地蔵」として知られていました。伝説によれば、近くに住んでいた夫婦のある出来事がきっかけで、妻が誤って逆さ川地蔵の肩に噛みつき、その歯形が地蔵の肩に残ってしまったといいます。
その後、この地蔵は「歯形地蔵」と呼ばれるようになり、いつしか歯痛治療の信仰が生まれたとされています。後に川を埋め立てて暗渠(あんきょ)としたため、現在地に移されたといわれています。
伝説
昔、鞍馬口通には小川が流れておりました。この川は金閣寺北の鏡石あたりから折れた紙屋川の支流で、通常の川とは逆に上流へと流れる「逆さ川」として知られていました。川には千本通をまたいで小さな橋が架かり、たもとに地蔵が安置されていました。この逆さ川のほとりに位置していたことから、「逆さ川地蔵」と呼ばれて地域の人々に親しまれておりました。
その頃、近くには夫婦が暮らしておりました。夫は大工で評判が高く、仕事一筋のまじめな人間でした。妻は、そんな夫が自分には過ぎた存在だと思っておりましたが、その評判の良さがかえって心配の種となっていたのです。夫の帰りが少しでも遅れると、心配のあまり迎えに出るほどでした。
ある日、夕方から雨が降り出し、夫が困っているのではないかと案じた妻は、急いで迎えに出かけました。そして、夫が美しい娘と相合傘で歩いているのを目撃してしまいます。その瞬間、驚きと嫉妬が入り混じり、妻は逆上し、夫に飛びかかりました。驚いた夫は、そのまま駆け出し、逆さ川の橋の下に逃げ込んで、地蔵の陰に身を隠しました。追いついた妻は、夫だと思い込んで相手の肩に噛みつきましたが、それは地蔵の肩でした。妻の歯は地蔵の肩に深く食い込み、離れなくなってしまったのです。
そこへ偶然通りかかった老僧が経文を唱えて助けたものの、妻はそのまま息絶えてしまいました。それ以来、この逆さ川地蔵を「歯形地蔵」と呼ばれるようになり、いつしか歯痛治療の信仰が生まれたということです。
正式名称 | 歯形地蔵 |
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所在地 | 〒603-8303 京都府京都市北区紫野十二坊町 |
問い合わせ | - |
開閉門時間 | 24時間営業 |
拝観時期 | 一年中 |
参拝料金 | - |
見学時間の目安 | 約5分 |
参拝順路 | 特になし |
アクセス | 京都市バス「千本鞍馬口」下車(6・46・59・205系統)徒歩5分 |
駐車場 | なし |
駐車場料金 | - |
ご利益 | 歯痛平癒 |
地図 | |
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歯形地蔵(逆さ川地蔵)の見どころ
歯形地蔵(逆さ川地蔵)の見どころは、歯形のついた地蔵…と言いたいところですが、普段は地蔵を見ることができません。そのため、説明板を読みながら、伝説に思いを馳せて雰囲気を味わうのが主な楽しみ方となります。
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小堂
しょうどう
唐破風造りの小堂には、「歯ノ地蔵尊」と書かれた提灯が掛かっています。地蔵と呼ばれていますが、実際は阿弥陀如来像です。この像は高さ50cmほどで、花崗岩の表面に彫られ、両手を膝の上で組み、定印を結んでいます。
歯ノ地蔵尊
はのじぞうそん
歯ノ地蔵尊と書かれています。
説明版
せつめいばん
歯形地蔵(逆さ川地蔵)の伝説が書かれています。
歯形地蔵(逆さ川地蔵)の歴史年表
- | 創建時期は不明。鞍馬口通り沿いを流れていた「逆さ川」にちなんで、「逆さ川地蔵」として知られていた。 |
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1603-1868年 江戸時代 | 洛陽四十八願所の第十八番霊場として信仰をあつめた。 |
歯形地蔵(逆さ川地蔵)の年間行事
歯形地蔵(逆さ川地蔵)の周辺情報
参考
説明版、新版 京のお地蔵さん